サーモパイルの応用

距離に依存せず,非接触で温度を短時間に測定できる!

サーモパイルの応用

〈 実験用非接触温度センサの設計・製作 〉

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はじめにHeimann Sensor GmbH

-どうして非接触で温度を測れるの?

すべての物体は絶対温度を基準にした放射エネルギを放出しており、 この放射エネルギを測定すれば、非接触で温度を測ることができます。 放射エネルギには波長依存性がなく、黒い物に吸収されるという 性質があります。物体がエネルギを吸収すると温度が上昇します。 この温度上昇を測定すれば、対象物の温度を測定したのと同じこと になります。 ここで紹介するサーモパイル素子は熱電対の一種です。 サーモパイルを応用した非接触温度計(センサ)は「放射温度計(センサ)」〈写真1〉とも呼ばれ ています。 〈写真2〉は非接触サーモスタットセンサ(温度スイッチ機能を持つ)の例です。

-急速に普及してきた背景

これまで、非接触の温度計は、主に工業分野で使われてきました。 例えば、高温物体を測るのに、接触式ですと温度計の熱劣化などで出力が低下するため、 非接触型が利用されています。 特に鉄鋼、石油化学、石油精製などの産業分野で利用されてきました。 そのため測定レンジ幅が広く,精度や再現性が重要であり、高価な測定器でした。 ところがO-157 による食中毒以降は、HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point) などの食品安全規格が施行され、食品に触れずに衛生的に温度管理ができる非接触温度計の需要が 増大しました。 また、体温計分野でも、瞬時に測れる耳式体温計の急速な普及が追い風となって、 民生用の非接触温度計が注目されてもいます。

 

-接触温度計との違い

非接触温度計は従来型の接触温度計と違って、下記のような特徴があります。

▶ 測定物の熱容量を考慮する必要がない

測定する物に触らないので,接触による温度変化を考慮せずに済みます。

▶ 測定値が短時間で安定する

つまり短時間で測定できます。

▶ センサの熱劣化 センサの熱劣化がない

非接触なのでセンサ素子部が高温などによって化学変化(熱劣化)しません。

▶ 衛生的

被測定物に接触しないので、衛生的です。

 

 サーモパイル(センサ素子)の基礎知識

 

-動作原理と内部構造

熱電対とは,ゼーベック効果によって生じる熱起電力を利用したもので、温度測定に使われます。 図1は熱電対による温度測定の基本構成です。 熱電対の出力電圧は温接点(測定点)と冷接点(基準点)の温度差に比例します。 サーモパイル(センサ素子)は、この極微小熱電対を多数直列接続(パイル)したものです。 当社のサーモパイル(センサ素子)の外観を〈写真3〉に、内部構造を〈写真4〉に示します。 センサ内に温接点と冷接点が同居しているため、熱電対のように補償導線を使って測定点から受信器 まで、出力信号を延長できないのがこのセンサ素子の特徴です。 通常、熱電対素子はビスマスとアンチモンなどの異種金属でできています。

-光学フィルタの必要性

サーモパイルの受光部には波長依存性のない金黒を 塗布されているのが一般的で、どの波長の光(電磁波)にも 反応します。 しかし、実際には温度測定する用途に 応じてセンサ前面に波長選択フィルタを付けます。 温度測定用には、一般的には赤外線領域を通過する フィルタを付けて可視光を遮断し太陽光影響の低減及び 大気中水分の影響についても低減しています。 絶対温度と赤外線波長との関係はウイーンの変位則と 呼ばれ、簡単にその温度の最大エネルギ放射波長を計算(1) できます。 波長をλ[μm]、絶対温度をT[K]とすると、その関係は次式で表されます。

 

λ= 2897/T 例えば体温が37℃なら,

T ≒ 273 十37 = 310K ですから、

λ= 2897/310 ≒ 9.35μm と求められます。

 

通常使われる光学フィルタは約6~14μm のバンドパス特性なので、 この程度の温度はよく測れることになります. 表1は当社の各種サーモパイル(センサ素子)の代表例です。 光学フィルタによって用途が異なることがわかります。

-種 類

*シリコン系と樹脂系

サーモパイル素子は、材料によって大きく2分されています。 この材料の違いによって感度や出力インピーダンスなどが異なります。

(1)シリコン系材料 シリコンウェハの異方エッチングと酸化膜技術 をベースに異種金属を蒸着固定化したもので、 冷接点はシリコンウェハ本体です。

(2) メンブレン(プラスチック)系材料 プラスチック薄膜上に異種金属を蒸着、固定化 したものです。 冷接点は薄膜固定材料です。

 

当社のセンサはフィルムタイプで、高感度で ありながら内部抵抗は低く、取扱い易い センサ素子です。 表2は当社のサーモパイルの主な仕様であり、図2に出力電圧の測定方法を示します。

-温度とセンサ出力の関係

放射温度センサの校正には黒体炉を用います。 黒体炉といっても、炉が黒いわけではありません。 放射率100%とは、発熱体からの赤外線放射が100%という意味です。 現在、メーカ製の黒体炉は放射率95%程度の ものが作られているようです。 そのため市販の非接触温度計は放射率95%(0.95) で校正表示されているのが多いようで、 この黒体炉 温度の放射熱量とセンサ出力の関係を調べるとほぼ 同じ傾向にあります。 図3 は各温度における放射 エネルギ量とサーモパイル出力の関係を0℃で グラフ化したものです。 センサの出力電圧は放射 熱量に比例していますが直線的ではないので、 線形化にはソフトウェアやハードウェアでの処理が 必要です。

 

-ご使用上の注意点

次の放射率或いは視野角といった2点に注意すれば非接触温度センサの使いこなしが自在に可能です。

 

*放射率を定める必要があること

測定対象物から放射される熱量を測って温度に換算する原理なので、測定対象物からの放射率を 知る必要があります。 放射率は 図4のように物体の表面状態に大きく影響されるので注意が必要 であり、ご参考までに各種物体の放射率を 表3 に示します。 簡易的には測定対象物に特殊なテープ(黒体テープなど)や、放射率が既知のスプレー(黒色艶消し 耐熱スプレー塗料など)を貼付すると比較的簡単に放射準を測定できます。 放射率をあらかじめ測定できない場合は、補正が必要です。

 

 

*対象物との距離に依存しない条件を守ること

センサの視野角(FOV : Field of view)以上に 測定対象物が大きい事が必要条件です。 図5のような視野角と距離が無関係になる 条件を守るようにしてください。 一般的には、測定対象の寸法が視野径に 関する提示仕様値の1.5 倍程度(以上)を 確保する事が望ましいようです。

 

 

 

サーモパイルによる実験用非接触温度センサの設計

-設計仕様と基礎データの確認

入門用として当社のサーモパイルを使った基本回路を設計してみました。 出力の線形化は行わず、サーモパイルによる温度測定の考え方を理解してもらうことに主眼を置きました。 そのため線形化に必要な信号として、周囲温度Vth(サーモパイルの冷接点温度)、測定物の温度対応の 信号Vtp(サーモパイル素子の出力)の両方を出力します。 必要ならこれらの信号からマイコンなどで線形化することができます。 表4 に設計仕様をまとめました。 サーモパイルとしてはMIR-1002 を使います。 これは、冷接点検出用サーミスタを内蔵したタイプです。 温度計の設計上、あらかじめ決めなければならないのは次の事項です。

(1) 測定する対象物を考慮してFOV を決定する光学系の設計が必要

今回の提案ではフレネルレンズを使ってFOV を6:1としました。

(2) 非接触温度計の測定範囲の決定

測定温度範囲は-20~+250℃とします。 サーモパイルの測定温度(黒体炉)に対する出力電圧の実測結果を 図6 に示します。

(3) 使用温度範囲を決め、周囲温度上昇に対する出力電圧の減少割合を測定

動作原理上、センサ出力電圧は周囲温度変化の影響を受けるので、それを相殺するために 出力電圧の減少割合を測っておきます。

(4) モジュールの出力電圧感度を測定

出力電圧感度を測るのに黒体炉がない場合は、高温なら温度均一なホット・プレート、100℃以下なら温調付き水槽の ガラス面を黒く塗りつぶすか黒色テープを貼合して実験装置にします。 実験装置で周囲温度を一定にして、ターゲット温度(黒体炉)を変化させたときの出力変化をサーモパイル感度として mV/℃ で求めます。 また、ターゲット温度をー定にして周囲温度を変化させたときの減少感度を求めます。

一般的には同じ感度になります。

 

-回路の基本的動作

基本的な回路構成を 図7 に、実際の回路を 図8 に示します。 IC1にはオフセットやドリフトの心配をせずにすむチョッバ型OP アンプとしてLTC1050 を、IC2 には レール・ツー・レール出力のLMV358 を使いました。 測定物の温度をTo、周囲温度をTa で表すと,サーモパイルは、前述したように差分(To-Ta)を 出力します。 このためTa が変化すると指示値も変化します。 そこでTa の変化分をTo に加算するような回路にします。 回路ではTa 相当分のサーミスタ出力 はIC2 a の出力をサーモパイル出力の一個に接続します。 こうするとTa が変わってもサーミスタ 出力でセンサ出力を補償するので周囲温度の影響を解消できます。

 

 

 

 

 

 

-定数決定

回路はサーモパイルの出力信号の増幅にIC1 を,サーミスタ出力信号の増幅にIC2a を それぞれ使います。 サーミスタには直列抵抗R21~R23 を入れて簡易的に直線化し、図9 の特性を得ています。

 

-To&Ta の感度合わせ

先に実験で求めた出力変化データとサーモパイルの出力仕様からIC1 の増幅度を決めます。 FOVが6:1のホルダを使ったサーモパイル自身の出力は0.00801mV/℃@100℃です。 したがって温度計の出力を約10mV/℃として設計すると、アンプゲインは10/0.00801≒1250 倍 必要となります。 センサばらつきを士20%とすると、ゲインは1000~1500 倍あればよいことに なります。 R6を1MΩとするとR7+VR1≒0.66k~1kΩとなります。 なお、LTC1050 は内部チョッパ周波数2.5kHz のチョッパ型OP アンプです。 チョッパ・ノイズ 除去用LPF のカットオフ周波数はR6とC4 で決まり,約1.6Hz としました。

 

-周囲温度

周囲温度の変化分についても、センサ出力と同様の感度になるようIC2 a の増幅度を決めます。 Ta が上昇したらセンサ出力が低下するので、サーミスタ出力信号はその分上昇するような 特性をもつ必要があります。 動作温度範囲内(0~50℃)では、シミュレーション結果からR21+R23=27kΩ、R23=5.6kΩと すると約8.3mV/℃の出力となりました。 設計目標の10mV/℃とするためにアンプゲインは10/8.3≒1.2 倍、サーミスタのばらつきは ±2%程度ですが、±10%見込むと最終ゲインは1.08~1.32 倍あればよい ことになります。 非反転増幅器なので、R0=2.7kΩ、R10=1kΩ、VR2=5kΩとしました。

 

-放射率の補正について

前述したように同一温度の物体でも放射率に応じて赤外線放射量が異なります。 そこで、その分をセンサ・アンプのVR1 を可変して対応することにします。 図8の回路では放射率を約0.7~1.0 まで調整可能です。

 

光学系の設計

– 視野角(FOV)の選定

*定義

FOVは、前出の 図5 のように測定物までの距離とそのときのスポット径で表します。 FOV が10:1 とは,100mm 離れた物体の直径10mm の円を測定することを表しています。

*レンズの材質

光学系の設計では、赤外線を透過する材質を使う必要があります。 通常のガラスは、放射温度計の測定波長域の光を通しません。 フレネルレンズの材質は赤外線を比較的通すポリエチレン製ですが、耐熱温度が100℃程度なので、 ご使用にあたっては注意が必要です。

*視野を絞る方法

次のような方法が考えられます。

(1)物理的に視野を絞る力式 ・・・FOV が最大 3:1程度

(2)フレネルレンズで視野を絞る方式 ・・・FOVが最大 8:1程度

(3)レンズを使用して視野を絞る方式 ・・・FOVが最大15:1 程度

概略FOVは上記のとおりです。 特殊な光学系でピンポイントを測定できるものもありますが、かなり高価となっています。 ホルダには 写真5 のようなものがあります。 今回はFOVが6:1 のフレネルレンズとホルダ(図10)を使いました。

*FOV の測定法によっても数値にかなりの差が出る

測定方法には,スリット法、シャッタ法と首振り法 が主に使われています。 図11 はFOVの測定法です。 平行移動法の方が面積 減少法や首振り法に比較してFOVの数値は大きく表示 されます。 また、有効エネルギを何%にするかに よっても値が達ってきます。 現在、各社では90%エネルギを基準にしているようです。

 

-光学系を設計する上での留意点

*光学系で視野を絞ると測定物体からセンサに到達するエネルギが減少

つまり、見かけ上のセンサ感度が下がるので、 アンプの増幅度を上げる必要があります。 しかし、アンプの増幅度を高めると、OP アンプ のドリフトや温度特性が温度計の性能に影響してきます。

*レンズ・ホルダの温度変化がセンサ入力へ影響

レンズを使うには、それを保持するホルダが必要で、 その温度変化(周囲温度)がセンサヘの入力信号 となって、 温度ドリフトなどへ影響してきます。

*赤外線は目に見えない為、試行錯誤で調整

レンズなどの焦点距離がわかっても、光軸合わせ、センサのセンシング部との調整などが試行錯誤の 作業になり、このために有効な治具の開発も各企業のノウハウとなります。 図12 は、今回使ったホルダの冶貝です。 この治具で大抵の視野角絞りを確認できます。 実際に使用したフレネルレンズのFOV値6:1は、メーカ公表値の焦点距離25mm での値ですが、 実機では27mm の位置に設置して最高感度を得ています。

 

製作と調整

準備する物は、熱源(温度のわかっている物)と室温(環境温度=Ta)測定器です。

-ゲイン調整

図8の回路はリニアライズしない信号を出力します。 そこで、調整点として100℃近辺の出力を 10mV/℃に設定しました。

*調整方法

(1) 室温計で現在の温度Ta℃を確認します。 サーモパイル素子の3番ピンと1番ピンをみの虫クリップ などで短絡し、アンプ出力がTa×10mV になるようにVR1 を調整します。

(2) 前述した短絡を外し、温度To℃の熱源に向けます。 そのときのアンプ出力Vtp がTo×10mV となる ようにVR1 を調整します。

 

-センサ底部の処理によって熱伝導率が変わるので,VR2 を再調整

VR1 とVR2 を調整した後で、回路の動作特性を確認するために目標温度To を一定にして、周囲温度 を変化させます。 例えば、出力変化しないはずが 図13(a) のように変化した場合の原因は、センサ 内蔵サーミスタが、主としてセンサの取り付け方法(ビス留め)に起因し熱伝導状態に大きく変化が起こり、 周囲温度変化を補償(追従)できなくなっていたことによります。 VR2 を再調整して、図13(b) に示すような特性を得ることができます。 センサ底部の取り付け方を最初に決め、その後で基礎データを取る手法が有効です。 写真6 は完成した温度計モジュールの外観です。 このモジュールの特性を 図14 に示します。 このモジュールの温度ドリフトは、ほぼ問題ないレベルとなります。

 

 

 

 

-湯気のある調理器の温度測定や手持ちでの測定時のドリフト

モジュールを使って湯気の出ている電磁調理器の温度を測定或いは手でもって測定すると、 指示値にばらつきや温度変化の発生する場合が有ります。 原因は基板がむき出しであることや、手でもつことによってホルダの温度がわずかに上昇し、 温度ドリフトが発生するためです。 対策として、モジュールを断熱チューブに入れて ニ重管構造(写真7)にしますと、ばらつきや温度変化は大きく軽減できます。

 

-評 価

*USB 接続のデータ収集装置

USB 用A-Dコンバータ(5)にソフトウェアを追加し、試作モジュールのデータを取り込んで評価 しました。 この装置を通じてセンサ出力をWindows 上のExcel に取り込み、温度計モジュール の電圧出力をリニアライズして温度に変換し、パソコン画面に表示します。 電源はUSB から 供給します。

*測定例

当社製作のモジュールを用い、写真7・8・9の如く実験設備を対象に測定した結果に ついて以下に記述していますのでご参考として下さい。

▶ 沸騰水の温度

市販の電磁調理器にすき焼き鍋を載せ、運転出力調整を弱に設定し、水を入れ沸騰させて温度を測定。 写真7 が測定の様子です。 本機の測定値は100.2℃、市販の放射温度計では98.1℃を示しています。

▶ 過熱した鉄板の温度

表3 に記したように物体表面の放射率を十分考慮して測定する必要があることが分かります。

▶  電源供給ブスバーの温度

分電盤の幅30mm のブスバーの温度を測定。 センサの視野角を考えて、写真9のようにブスバー の直近から測定した結果は24.8℃でした。 また、約20cm 離れて測定すると21℃を示しました。 室温は20℃だったので、稼動状態では室温より 上昇していることか分かりました。 なお市販の放射温度計では23.0℃でした。 この結果からも、視野角範囲で測定しないと誤差の 生じることがわかります。

 

◆参考・引用*文献◆

(1)大森豊明;赤外線の話、日刊工業新聞社

(2)高峰廣友;やさしい遠赤外線工学,工業調査会

(3)トランジスタ技術1998 年6 月号, 特集「すぐ使えるセンサ応用回路集」, pp.223~306,CQ 出版㈱

(4)*柳川誠介:熱電対の動作原理と応用回路, トランジスタ技術1998 年6 月号, p.230, CQ 出版㈱

(5)渡辺明禎:USB用A-Dコンバータの製作、トランジスタ技術2000 年6 月号, pp.210~219,CQ 出版㈱

(6)田中伸雄:サーモパイル・センサによる非接触温度計の設計と製作、トランジスタ技術 2003 年5 月号、pp.233~241,CQ 出版㈱

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